2015年07月13日
来るとき
ていることもあったが聞けなかった。ユールベルの方からも何も言い出せなかった。交わす言葉は仕事上での必要最低限のことだけである。二人の間にはぎこちない空気が流れ続けていた。
「じゃあまた。今度来るときは正式なウチの所員ね」
勤務時間が終わると、アンナは人なつこい笑顔でユールベルを見送る。ユールベルはフロアの戸口で小さく頭を下げた。言葉には出来なかったが、何かと良くしてくれた彼女には心から感謝していた。
フロアの中に視線を戻す。
ジョシュは自席に座ったままだった。モニタをじっと凝視しているようだ。仕事に没頭しているのだろう。彼には声を掛けそびれたので、最後に一礼だけでもしたいと思ったが、彼がこちらに目を向けることはなかった。諦めて扉を開け、静かにフロアを後にする。
研究所の建物を出ると、門のところで振り返ってその建物を仰ぎ見た。
これからここで上手くやっていけるのだろうか――実習にに感じた不安は未だに消えていない。むしろ大きくなったくらいだ。目を細めて小さく溜息をつくと、重い気持ちのまま踵を返して歩き出そうとした。
「ユールベル」
ドクン、と大きく心臓が跳ねる。
声だけでそれが誰であるかすぐにわかった。だが、今までずっと避けていた彼が、なぜここに来たのかわからない。ユールベルは息を止め、おそるおそる振り返る。
案の定、そこに立っていたのはジョシュだった。
困惑したような、怯えたような、どこか苦しそうな、何ともいえない複雑な顔をしている。ユールベルに声を掛けることを随分と迷ったのだろう。彼はごくりと唾を飲み込んでから、低く抑えた口調で切り出した。
「今まですまなかった。その、避けるような態度をとって……。おまえは何も悪くない。全部、俺の心の
Posted by zuivindd at
17:08
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